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2006年10月17日 Archive

新聞配達


(久々の海外(美国:荒外州)生活編のアップです。)


碇町で始めて出来た友達はLyleだった。 
http://blogs.yahoo.co.jp/bonzofire/3622281.html

このLyleは男三人兄弟の末弟で、おもしろいことに三人とも新聞配達していた。


当時、Lyleは小学校6年生である。

僕の育った大阪(70年台後半)では、小学校6年生が新聞配達をするなんて、ちょっと考えられないことじゃないかなって思う。

このLyle一家は、経済的に貧しかった訳では全然ない。

ただ、米では、若い頃から、仕事を与えたり、もしくは自分で仕事を探してくるように、起業精神を養わせるよう子供を育てる親が多い。 そして、こういった育て方は、貧しい家族より、裕福な家族ほど、こういう風に子供を育てる家族が多いと思う。



僕はLyleと仲良くなったと同時に、彼の新聞配達を手伝うようになった。

手伝うといっても、冬の荒外州である。
自転車で配達できるわけじゃないし、すべて徒歩。 そのうえ、新聞の厚さなんて、日本の数倍もある。
確か、このときの配達部数は30-40そこそこだったけれど、家と家の距離はかなりあるし、全部配達するのに一時間くらいかかったと思う。


もちろん、手伝い始めた当時は、単に手伝っているという意識しかなくて、
温室育ちの僕は、Lyleがその後ろで、金を稼いでいるみたいなことは、考えたことがなかった。



しかし、ある夜、新聞配達から帰ってくると、Lyleのオヤジが立っており、息子に話はじめたと思うと、声がどんどんとでかくなってきた。 ようは、怒りはじめたのだ。

まだ、英語もほとんど、ちんぷんかんぷんの頃だったので、詳細はわからなかったんだけれど、

彼が怒られた主旨は、僕がLYLEの手伝いをしているにもかかわらず、LYLEは僕に一銭も手伝い料を払っていないとはどういうことか。。。 ということだ。


と思うと、こんどは、そのオヤジが顔を赤ら顔にして、僕に迫ってきた。


日本でなんて、他人のオヤジから叱られたこともないし、ましては、相手は外人で、言葉すらもよくわからない。

まじで、ビビッタ。


しかし、彼は、ぼくの背中に後ろに手を回し、声を和らげ、(きっと)「ちゃんと、働いた分だけ、報酬をもらわないとだめなんだ」みたいなことを僕にいい、次にカレンダーをもってきて、僕にペンを持たせた。  ようは、僕が手伝った日に印をつけさせた。


結局、何個○をつけたか、わからなかったけれど、その場で10ドルか20ドル以上もらった記憶がある。



考えてみれば、僕が一緒に住んでいた家族でも、何もせずに小遣いはもらえないということで、小遣いの対価として、ガキでもできるような仕事を与えられていた。   

毎日、家中のゴミを集めて、ガレージ内のゴミ箱に捨てる。
週二回ほど、市がゴミを回収に来る日には、家の前に、ゴミ缶を出す。
冬は雪かき。夏は芝刈り。
犬の散歩。

また、近くに住んでた親戚の家で、ベビーシッテイングをするたび、一時間1ドルくらいのお駄賃をもらっていたし、何か手伝いをしても、その対価としてお金をもらっていた。


ぬくぬくの日本育ちの僕は、お小遣いなんて、当たり前に両親からもらえるもの、というより、
親は子供にお小遣いをあげるのは、「両親としての義務」みないな感じでしか考えた事がなかった。
確かに「お手伝い」もしたと思うが、それはお小遣いをもらうためにではなかったと思う。
かりに、お金をもらえたとしても、それは「お小遣い」とは別の物。


確かに、全ての美国人の両親が、こういう育て方をしているわけではないが、
とにかく、子供の頃から、何か仕事をする=報酬をもらう、とうい概念は、日本人の子供達とは比べ物ならないくらい植えつけられているし、高校生くらいになると、この方式から更に発展し、どうすれば、報酬を大きくすることができるか、、を真剣に考え、それを実践する輩が増えてくる。 (僕の友達もお金をもうけるためにいろいろなことを試した。一部笑えるようなことでも、みんな真剣にやっていた:これもまた、今度ブログネタにしよう。) こんな感じで、多くの子供達が、企業化精神みたいな物を養ってくるのである。


結論から話すと、はじめ手伝いではじめた新聞配達だったが、その半年後くらいには、自分の配達ルートを持つことになる。
そして、その頃から、高校を卒業する頃まで、僕は新聞配達を続けることになる。

しかし、僕にとって、この新聞配達は、企業家精神を養う方向に働いてくれたか、、、、というと、そうはならなかった。

とういのも、確かに、ちょっとした商売ではあるものの、(これも、後日紹介するね。)

この新聞配達、上司がいるわけでもなく、同僚もいるわけでもなく、顧客とも毎日触れることもないので、人間関係だけで考えると、他のバイトに比べると、はるかに楽、わずらわしさが少ないのである。

ようは、ぼくみたいに、人とそもそも触れ合うのが好きでない人間には、格好のバイトだったのである。


もちろん、それは、新聞配達がダメなんじゃなくて、そういう風にしか、新聞配達を捕らえることができなかった僕がダメだったわけなんだけれどね。

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