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2010年11月25日 Archive

生きがい そのニ

明日、会社に行けば、またお休み。


とにかく、会社にいきたくない僕だから、

さぞかし、こんなに頻繁にお休みがあると嬉しいでしょう?


と聞かれれば、実はそーでもない。



休みもうざい。




そのむかし、手塚治虫の「どろろ」という漫画のお話をしたのだが、

以下その時の記事からの抜粋

「あらすじは、wikipediaから転載させてもらった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A9%E3%82%8D%E3%82%8D
室町時代末期、武士の醍醐景光は天下取りの代償として自分の子を48体の魔神に差し出す。赤ん坊は体の48箇所を欠損した体で生まれ、化け物としてそのまま捨てられてしまう。医者に拾われた赤ん坊は成長して百鬼丸(ひゃっきまる)と名乗り、自分の体を取り戻す旅に出る。旅の途中でこそ泥のどろろと出会い、二人で旅を続ける。また、魔神を倒すたびに、奪われた48箇所の体が一つずつ復活していく。

実は、何故手塚氏が48という数値を選んだのかなんだけれど、これは漫画の中で、ヒントが隠されている。

漫画の中で、盲目の琵琶法師が百鬼丸にこう語ります。

「人間の幸せちゅうのは「生きがい」ってことだ。 
 おめえさんが妖怪を倒す。 手が生え、足が生え、目があいて、何れ普通の人間になれるときがくる」

「それからあとおめえさんはどうする?」

「何を目標に生きる? おめえさんは、そこで目標をなくしてガックリするだけだ」

「おめえさんは(たとえ体が全部戻っても)ちっともしあわせにならねえ」


48というのは、仏教の49日、すなわち、中陰のことを手塚氏は差していたと考えられている。 

仏教では、人が生を終えると、仏になるまで、49日間冥土への旅を続けるという教えがあります。


この漫画にたとえると、はじめから生きるはずじゃなかった百鬼丸が、
人間に戻るために、妖怪を倒して48の体の部分を取り返すわけですが、
最後の一つ、「生きがい」、、、
これを見つけることができないと、真の人間に戻れない、、
これは妖怪を倒すだけでは手に入れられない。

体の部分があるないなんて問題ではなく、
「生きがい」がなければ真の幸せな人間にはなれない、

ということを、この漫画を通して、作者が伝えたかったのでは、、


ということですが、




この「生きがい」、、、、


自分に問いてみると、、、  


このネタを始めに書いた3年前にも、

そして今も、、、なぁ~んにも思いつく物がないわけですよ。 



そして、きっと今から、5年後も、10年後も、、



おんなじような、こと言ってるんじゃないかと、、、

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