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建築設計家になりたかった その三

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「心の窓」の次は、
ただ、一つ理解してもらいたいのは、その時の背景。
時は80年代半ば、場所は米中南部の州、考え方はまだまだ保守的。
白人と黒人のカップルが一緒に歩く、、なんてのも珍しい地域。
MTVがスタートして、まだ2、3年、Wham!とかCulture Club、Duran Duranとかは、テレビの中の世界。
そんな感じなので、ちょっとだけ前衛的、、なものでも、
それを目の前に実際に見る、、のは、かなり構刺激的だった、、時代だったんですね。

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話を元に戻しまして、、自分のスタジオに戻って、何のクラスかは、忘れたんですが、
そこで出された一番始めの課題が、、
「キミタチのセンスを確かめたいので、来週末までに、素材はなんでもにいので、人間のモデルを作ってきて」
もしかしたら、課題の詳細をぼくがきちんと理解できてなかったのか、聞き漏らしたのか、わからないんですが、
普通、頭の固い人間(僕)が、こんな宿題を出されて考えること、、と言うと、
粘土とかで人間のモデルを作る、、だと思うんですね。。 少なくとも、僕はそう思ったんです。
(同時に面倒だなぁ〜とも。)
ただ、やはり(日本人なので?)、他の生徒が何をやっているのか、って気になるじゃないですが、
とりあえず、自分がとりかかる前に、ちょっと様子を見てみましょうと。。

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そして翌日〜
ここでまたびっくり。。

ぼくが覚えているのは、
ぐねっと曲がった鉄筋をたてて、そこに、落ち葉とか、小枝とか、貼付けていてた作品。

もうひとつは、綿をボール状にして、それに色々な色を塗って、それを、人間の形にしたもの。
(単なる色のついた雪だるまやんけ〜)

何これ〜??  こんなガラクタ、、 作成するの2、3時間もあれば大丈夫じゃん〜、、、
と思いつつ、作ったやつに話を聞けば、
この鉄筋は、人間のなんとかをさしていて、これはあれで、、、うんたら、、と
なんだか訳のわからん(とにかく、あの頃の僕には、まったく理解できない、というか受けいることのできない)説明が。

いや、もしかしたら、僕が宿題の主旨を理解していなかっただけなのか、、

にしても、とにかく何か作って、出鱈目でもいいので、それなりの理由をつけ(相手を説得す)ることができれば、
それでいいのか、、

そもそも、これが「出鱈目」と考えてしまう自分は、この世界の(少なくともこの学校)の人間ではないのかも〜

オレはこんなんじゃなくて、家とか建物とかの設計をしたいんじゃ〜  

一体いつになったら、、というか、、 全く製図とかするような学校に見えないんだけれど、、

というわけで、最初の宿題にとりかかるべきなのか、どうなのか、、
まあ、そんなことで迷うこと自体、もうこの学校にはいたくない、、って気分が勝っていたわけですね。




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Comments: 4

EkaterinaYoghurt URL 2014-01-19 Sun 16:10:20

まあ、聞けば単純にアーティスト集団って感じがしますけど、建築科ですよね?・・・に入って、まずこんなことからさせられるとは、理数を勉強して建築家になろうとしている普通のティーンエイジャーにとっては、不思議だらけでしょうね。その人の性格によって受け入れられる範囲ってものがありますしね?

ちなみに・・・何かの素材で人間のモデル作成という課題を拝見した時に私はベージュのストッキングを何枚も使ってお人形さんみたいなのが浮かびました(ただのぬいぐるみですね^^;)。
で、bonzofireさんは、どんなものを作ろうとされた(作られた?)のですか?興味あります。

Blackmore URL 2014-01-19 Sun 16:38:52

なるほど。直感で動いた方が後で納得がいくと思うので、良かったのでは?

それにしてもユニークな(変わった)学校でしたね。

bonzofire URL 2014-01-19 Sun 17:23:11

Ekaterina Yoghurtさん。
あとでわかる話なんですが、根っこに芸術的センスがなければ、Architectにはなれない、っう話なんです。
製図や構造計算を中心にやりたいんであれば、、こんな大学ではなくて、専門学校(Vovational College)に行って習えば、
二、三年もすれば、どこかで仕事がもらえると。
もちろん、製図とか構造計算とかも、その後やるそうなんですが、一番大事(この学校で)なのは、センスだと。

僕は、粘土をコネコネはめんどくさかったので、段ボール紙を細く切って、それを輪にしたものを大小何個も作り、
それを重ねあげて「手」を作ろうと思っていたのですが、それだったら、人体の一部にしかならないので、
それだったら大丈夫だろうか、、なんてことに悩んでいました。 もちろん、その輪で、人間にすることもできたのですが、あんまりカッコがよくならない。。

結局、僕が最後にこのスタジオで見た、他の生徒の作品は、、、
ほとんど、人間の形をした、、と思えるような作品は、ほとんどなかった、、と記憶しています。

bonzofire URL 2014-01-19 Sun 17:33:59

Blackmoreさん。
きっと、あの大学の建築学校に長居しても、同じ結果にしかならなかったと思います。

一応、ぼくがいた地域では、独特の5年課程のプログラムで、あの地域では一番とか言われていたんですが。
この学部は、入学試験もあったんですよ。 試験の日までに、「ビー玉落とし」を作らさせられて、
当日は一日がかりで、簡単な実技試験がありました。
今だったら、どの大学の学部も詳細な説明とかあるのかもしれませんが、
あの当時は、そんなものなかったんじゃないかなぁ。 ただ、単に僕の勉強不足だっただけかもしれません。

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